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8月9日 (リューベック→リューネブルク→ツェレ)

昨日雨だったから朝から晴れる事を願ってたんですが、空はあいかわらず曇りです。簡単に朝食をとり、チェックアウトを済ませ、昨日は時間が遅くて中を見れなかった聖霊養老院へ向かいました。13世紀にハンザ貿易で富を築いた商人たちによって建てられた救貧院で、現在は老人ホームとして使用されているそうです。時代が変わっても社会奉仕的性格に変わりないのは素晴らしい事だと思います。

街のはずれにある聖霊養老院
門をくぐるとまずチャペルがあります。

さらにその奥へ行くと住居部分があります。現在も使用されているため、これ以上は進めません。奥に長いんですね。

この日の目的地はツェレ。本当はまだまだリューベックに居たいけど、それを言い出したらキリが無いんで、後ろ髪を引っ張られつつも駅に向かいました。
街を取り囲む運河を渡り、門をくぐればリューベックとはさよならです。最後に振り返ってすばらしい町並みを脳裏に焼きつかせました。


直接ツェレに向かうと少々到着が早くなりすぎるので、途中リューネブルクに寄りました。リューネブルクは日本でいう超ど田舎にあり、交通の便も良いとはいえず、日本なら廃退しきっているところですが、ヨーロッパでは違うんですね。むしろ田舎であることがアドバンテージになって独自の魅力を放っているから、それに魅了された人たちが集まって活気があるんです。僕もそのうちの一人です。別にこれといった観光産業があるわけではないのに、ふらっと立ち寄りたくなるんですよね。ただ町並みを眺めながら、気の向くままに歩き回る。うろうろしていたら偶然の出会いがあるかもしれないし、無いかもしれない。この細い道に入ったら行き止まりかもしれない。でも、そのときは引き返せばいい。そんな気ままな旅が自分には合ってるんです。だから、今まで一度もツアー旅行ってやつには参加した事が無いんですよね。それはさておき、ここからはそんな気ままな街歩きの中で出会った偶然の風景を中心にリューネブルクを紹介したいと思います。
まず出迎えてくれるのは古いクレーン。街のシンボルになっているようです。
休憩がてら立ち寄った教会の前に停まっていたアルファロメオ。奇抜なデザインでもヨーロッパの町並みには意外と溶け込むんですね。
市庁舎前の広場です。
足元に目をやると敷き詰められた石畳の隙間から、ぴょこんと顔を出す草の芽が。
日本と違って雨水が道の中央に集まるようになってるんですね。これだと玄関前に溝がいらないからスッキリする!
軽快車でもマグラの油圧ブレーキが標準装備!
他人の家だけど心配なくらい傾いてます。地震の無い国だからこれでもいいんですかね。
旧市街をぐるっと一回りして、再び中心に戻ってきました。

前もって時刻表で調べておいたツェレ行きの列車まで残り30分。急に雨も降り出したので、急ぎ足で駅に向かいました。


リューネブルクからツェレまではあっという間です。居眠りする時間もありませんでした。ツェレに到着したらまずしなければならないこと、それは宿探しです。幸い旧市街にインフォメーションがあります。しかし、あと1時間もすれば閉まってしまう。駅から旧市街までは少し距離があるのでまたも速歩きです。なんとか時間内にインフォに到着し、とっても親切な係りのお姉さんに宿を探してもらいました。こちらの注文は、「街の中心まで徒歩5分以内で一晩35ユーロ以下で朝食つき」。この街の相場からすると相当安めの注文だったんですが、言ってみるもんです。お姉さんは即答で「あるわよ!」とのこと。宿に確認の電話を入れて確認書と、ついでに市街地図をもらって、宿に向かいました。北ドイツの真珠と呼ばれる町並みを見ながら、本当に5分くらいで到着しました。部屋はキレイだし、ドイツには珍しくバスタブつきで大満足!出歩く準備をさっさと済ませ、即街歩きです。朝から歩き回ってるんで疲れてはいるんですが、それ以上に早く街を見たい!という一心です。街自体はそれほど大きくないんで(たぶん今通ってる大学の敷地より狭い)、組まなく歩き回りました。途中Penny Markt(スーパー)を見つけたので、バゲットとサラミとハヌータ(ビックリマンチョコみたいなの)とビール(これらは電車の中で食べたりする)を買出し、ちょうどお腹もすいてきたので目に付いたイタリアンレストランに入りました。食事をして店から出ると、日が落ち夜景撮影にぴったしの時間になっていました。三脚を持ってきてなかったので慌てて宿にとりに帰り、あとはひたすら撮影してました。
じゃんけんに負け、買い物袋を持たされ少々ご機嫌ななめな連れ。
レストランでは普通先に飲み物のオーダーをとりにくるんですが、考えるのが面倒なんで毎日ビールです。ドイツのビールは、ビールがあまり好きでない連れでもおいしいと言って飲んでました。
夜のツェレはかなりメルヘンチックです。まぁ野郎2人なんですけどね(しつこい)。
ほぼ全ての家の木枠の部分には、建てられた当時の家主の名前や格言が書かれています。ラテン語で書かれているみたいなので読めませんが、聞いた話によると結構ジョーク的な内容らしいです。
宿に戻った頃には2人ともぐったりです。スーパーで買って冷蔵庫で冷やしておいたビール(これは54セントでした。安い!)を風呂上りに飲み、気持ちよくなったところで就寝です。

この日は移動の連続で時間的にもハードな感じがしますが、意外とそうでもないんですよ。歩き回るっていっても、どこも本当に小さな街なんで、じっくり見ても1時間強で一通り見終えてしまうんです。そんな小さな街は知名度も低くて、ミュンヘンやベルリンのような大都市に観光客を取られがちです。でも田舎の小さな街でも、大都市にひけをとらない魅力がつまってるんです。ツェレなんかは個人的にはドイツで最も木組みのファサードが美しい街だと思います。おきまりの大都市観光に飽きた人は、ぜひ田舎の街に行ってみてください。








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2005/12/06 12:35 |Europa 2005COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

8月8日 (ハンブルク→リューベック)

朝起きるといつの間にかQinが仕事から帰ってぐっすり寝てました。起こさないよう注意しながら僕たちは出発の準備を整え、Qinにまたライプツィヒで会う約束と感謝の念を伝えて2日間お世話になった家を後にしました。

ハンブルク中央駅はひっきりなしに各方面から列車が集まっては去って行きます。出会いと別れ、喜びと悲しみ。いろいろな人の気持ちが交錯する駅です。




本日目指すは中世にハンザ都市として栄え、世界遺産にもなっているリューベックです。ハンブルクからは電車で1時間程で行けるのでアクセスは簡単です。到着してからの予定を決めながらの電車移動はあっという間でした。到着してからまずしなければならないのは今夜の宿探しです。今までは友達にご厄介になっていたので必要なかったのですが、ぼちぼち旅行ムードが出てきました。候補に挙がったのはまずユースホステル。電話が面倒なので直接行って確認してみたらまだ空きがあったんで即チェックイン。これで夜露に濡れる心配がなくなりました。宿を確保したら次は溜まっていた洗濯です。ユースのおばちゃんに近くにコインランドリーはないか聞いたところ、歩いて15分くらいの場所にあるもよう。丁寧に地図まで書いてもらいました。が、この地図がのちのち問題に......。
リューベックの旧市街の入り口になっているホルシュテン門は残念ながら工事中で服を着せられてます。上の部分だけが工事中の様に見えますが、実は下の部分も門の写真がプリントされた幕なんです。
おばちゃんが地図に書き込んでくれたコインランドリーの場所は通りが一本ずれてました。そのため辺りを1時間近く捜索する破目に(笑)。初めてのドイツ版コインランドリーは少々複雑で結構手こずりました。せっかく洗剤を途中のスーパーで買って行ったのに、洗濯機用コインを買う自販機で一緒に出てきました。がっくりです。一つ賢くなりました。

洗濯後は一度ユースに戻って洗濯を干して、いよいよ観光です。旧市街は端から端まで歩いて30分もあれば周れる大きさなので、のんびりと歩きまくりました。この街の魅力は何と言っても特有のファサードとホーフと呼ばれる建物に囲まれた部分の中庭です。建物間の隙間や怪しい小路を見つけては侵入してました。時間を好きなだけ使って気の向くままに街を見れるのは個人旅行の醍醐味です。予め決められた所を効率良く観て回る団体旅行は僕の性に合いません。旅は道ずれという言葉の通り友達には道ずれになってもらいました。
大小合わせて数百あると思われるホーフの中でも比較的見つけやすく、印象的なホーフ。いや、どちらかといえばガッセ(小路)かなあ。
観られることを意識してか、どの家も玄関周りの装飾のセンスが良いです。観て楽しませてやろうっていう住人の心配りが嬉しいです。
ほとんどのホーフはこういった建物下のトンネルをくぐって入ります。狭いトンネルでも奥は開けていたり、外観からは想像できないような綺麗な空間が広がっていたりするので、ホーフ巡りは結構楽しいです。
ルネッサンス様式の階段式ファサードが特徴的なリューベックの町並み。
何気なく駐車されたVespaの兄弟。絵になるなあ。
市庁舎の地下にあるレストランで食事をしてたら、ちょうど夜景撮影に良い時間になりました。
旧市街の東の端にある大聖堂。雨で水面が平面じゃないから池に映る大聖堂は撮れなかったけど、それなりに雰囲気あるからよしとしましょう。


雨の中傘も持たずにウロウロしてたので気づけばビショビショになっていました。風邪を引かぬようユースに戻って即行でシャワーを浴びて寝ました。ドイツ旅行となると多くの人が南の方の大都市やロマンチック街道に走りがちですけど、北ドイツのハンザ都市もめいめい違った魅力を放つ個性あふれる街が多いのでお勧めです。



2005/11/14 23:01 |Europa 2005COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

8月7日 (ハンブルク)

特に先を急ぐ必要もないので丸一日ハンブルク観光。友達の仕事は夜からなのでそれまで街を案内してもらいました。この日のハンブルクも朝から曇っていて風もあり非常に寒かったです。まずハンブルク港で早朝から開かれる魚市へ。もちろん朝寝坊の僕たちが着いたのは店じまい直前。それにもかかわらずまだまだ人がたくさんいました。港沿いをそのままレンガ造りの倉庫が立ち並ぶ地域まで歩き、そこから電車で中央駅まで戻って今度は博物館めぐりをしました。まず寄ったのがハンブルク市立博物館。美術の教科書で見たことがある絵がいっぱいで感動です。その次は美術工芸博物館。ここは中世から現代までの世界各国の美術工芸品が展示されていています。1階はヨーロッパ各国のアールヌーヴォー(ユーゲントシュティール)を中心に展示されていました。

朝から大賑わいのフィッシュマルクト。右上のおじさんは食べてみやがれと言わんばかりに鰻の燻製をブチブチと引き千切っては観衆に投げていました(笑)。
立ち並ぶ倉庫群はハンブルクを象徴する風景になっています。
今日はやたらとレーシーな格好で自転車に乗ってる人が多いなあと思っていたらやっぱりレースだったんですね。

博物館巡り後は、仕事の前に一眠りしに帰る案内してくれた友達と別れ、街の中心である市庁舎の方へと向かいました。日曜日なので残念ながら店舗は全部閉まってましたが、代わりに町中を使ってトライアスロンレースが開催されていました。レースのために道が閉鎖されたりして不自由は生じても、街の人は嫌な顔一つせずにレースを温かく見守っている感じがしました。むしろ熱すぎるくらい。老若男女とわずみんなレース観戦に夢中でした。僕たちはレース観戦後、デジカメと体のバッテリーを充電するために一度部屋に戻りました。

休憩後夕方に再び外出する頃には鬱蒼とした雲はなくなり、綺麗な空が広がっていました。
ハンブルク市庁舎は日曜日の街の中心地だというのに人っ気は全くありません。たぶんみんな家族と一緒に居るんでしょうね。日本では考えられない光景です。
水辺に移る夜の街がとても綺麗です。蛍光灯で昼間のようにギンギンに照らすのではなく、景観に配慮された絶妙のライティングはさすがヨーロッパ。
夜景を撮影するために再び港へ。長時間露光に挑戦してみました。
ただ単に光量を落とすだけでなく、アクセントに青のネオン管を使ってるあたりがこ洒落てます。

ハンブルクで突然来た僕らを暖かく迎えてくれたQinにはほんと感謝です。Qinだけでなく見ず知らずの僕らに自らの部屋を快く提供してくれたQinの友達にも、もちろん感謝。いっぱいいっぱい感謝のハンブルク滞在でした。

2005/11/14 14:01 |Europa 2005COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

8月6日 (ライプツィヒ→ハンブルク)

しばらくはライプツィヒでのんびりするはずだったんですが、部屋を使わしてくれてる友達が実家に帰らなきゃならないんというんで予定より早めに旅に出ることにしました。最初の目的地はハンブルク。ドイツ最大級の港町です(とはいっても河川港)。朝出発してもよかったんですが、部屋の鍵を夕方しか時間が空いてないのいう共通の友達の子に預けるために(家主は昨日のうちに帰ってしまってる)夕方までライプツィヒ旧市街をブラブラしました。

ライプツィヒ旧市庁舎
本当は広場と一緒に写したかったのですが、大工事中だったんであえて市庁舎だけ切り取りました。
文献に残る世界最古のオープンカフェ「カフェ バウム」の付近は街一番のカフェ密集地帯になっています。
トーマス教会の祭壇の前には教会付属合唱団の指揮者兼オルガン奏者だったバッハの墓があります。


部屋の鍵を駅で友達に預けたあとは、ハンブルク行きのICE(ドイツの新幹線)が来るまでマクドナルドでビッグマックを食べてしばし栄養補給。これからの長旅に備えました。電車が来るとさっさと予約していた席を見つけ、荷物を棚に詰め込み一安心。到着までの3時間半、音楽を聞きながら変わらぬ平野が続くドイツ特有の景色や近づいては遠ざかる積乱雲を眺めたりと、終始リラックスです。せっかくライプツィヒに戻ってきたというのに後ろ髪を引っ張られる思いで出発しましたがくよくよもしてられません。どうせまた戻ってくるんだからと自分に言い聞かせました。

ハンブルクに着くとホームでは語学学校時代の友達が出迎えてくれました。彼はライプツィヒ大学に通っているのですが、夏休みを利用してハンブルクで仕事をしているらしいです。それで事前に連絡して会うことになってたんです。久しぶりに会えただけでも嬉しいのに、おまけに寝床までも提供してくれちゃいました。彼とはまったく関係のない僕の連れがいるというのに感謝感謝。夜は3人で街一番の繁華街であるレーパーバーン(別名:もっとも罪な1マイル)へと晩飯を食べに行きました。休日だったからどこも満員で、迷ったあげく結局ステーキレストランに入りました。テキサススタイルで干し肉みたいに硬いワイルドな肉盛りを食らいました。夜のハンブルクは夏だというのに雨が降ったせいもあって恐ろしく寒かったです。たぶん朝晩は10度近くまで冷え込みました。

見ての通り妖艶な雰囲気をかもし出す地域です。一部には女性立ち入り禁止の飾り窓が立ち並ぶ小路(さすがに写真は撮れなかった)があったり、そうかと思えばファミリーが入るような普通のレストランがあったりしてそのギャップに驚かされます。

2005/11/14 12:26 |Europa 2005COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

8月5日 (フランクフルト→ライプチヒ)


トーマス教会


この日の僕は朝からウキウキしたました。なぜなら、自分が暮らしていた街に帰る?から。(気分はまさに里帰り状態です)ホテルをチェックアウト後、ドイツに住んでるとき使っていたプリケーを再度使用するためにテレフォンショップにカードを買いに行きました。もう2年近く使ってないから契約が生きてるか心配だったけど無事機能して一先ず安心。これでドイツの友達と連絡しやすくなりました。フランクフルトの街は昨夜一通り見たので駅に直行しました。窓口でユーレイルパスのヴァリテートを済ませ、念のためにライプツィヒまでのICE(ドイツの新幹線)の席を予約しました。ドイツの鉄道はめったに満員になることは無いのですが、長距離で席がないと苦痛他ならないので予約したほうが安心できます。列車は2等車両ですが席も広くてゆったりしてるので十分に快適です。3時間半の乗車時間でしたが永遠と続く緑の風景を眺めたり、iPodで音楽を聞いたり、昼寝(起きたばかりなのに......)してたらあっという間に到着しました。

ライプチヒの駅では仲の良いドイツ人の友達が出迎えてくれました。ぎこちないハグ(どうも苦手なんです)をして再会を喜んで彼女の家に向かいました。当初の旅行の予定ではライプチヒに部屋を借りてそこに荷物を全部置いて、身軽なまま各地を回ってきて最後はライプチヒでのんびりするはずだったんです。でもそのことを彼女に話したらどうして私の部屋に泊まらないのって当たり前のように言われて........お言葉に甘えさせていただきました(汗)。部屋に着いて僕の連れを紹介したり、荷物の整理、今後の予定を話していると、また別の仲の良い友達がやって来ました。メンバーが揃ったところで日本で買ってきたお土産をあげました。彼女らのセンスに合わせて選んできたのがもう大当たりで、大うけでした。掴みはオッケーです。部屋を提供してくれた子は夕方に実家へ帰らなきゃならないというので、束の間の再会を楽しみました。夕方になって彼女を駅まで見送りに行ったついでに僕たちは窓口に行って翌日のハンブルクまでのICEの予約をしました。

夜は連れのためにマンツーマンナイトツアーです。案内しながら僕は思い出を辿っていました。学校の帰りによく立ち寄って友達と話したカフェ、一度行ってまずかったからそれっきり行ってないピザ屋、日本からの仕送りを受け取った銀行。思い出の場所が今も変わらず街のあちこちに点在して懐かしいと同時に嬉しい気持ちになりました。まるで昨日まで自分がそこに居たかのような錯覚になったけど、実際は2年近いブランクがあるんですよね。生活の感覚を日本からドイツに切り替えることができた一日となりました。ドイツ語も意外と生きていてよかったです。

ICEの席はテーブル付だったし窓も大きいから電車の中に居るのにリビングのようにくつろげました。内装も木やガラスを使っていてオシャレです。


ライプチヒ中央駅は終端駅ではヨーロッパで最大の規模らしいです。前回ここに来たときは留学生活の始まりで、今回は旅の始まりとなりました。


アウグストゥスプラッツではよく友達と待ち合わせしたなぁ。ゲヴァントハウスには何回かコンサートを聴きに行ったよなぁ。冬には凍結してて何度か転んだような気がする。

メドラーパサージュでは突然の雨で雨宿りしたり、高級ブランドのウィンドウショッピングをしてたなぁ。

電源をつけたら、留学を終えて別れを告げた友達のメールがそのまま残っていました。2年後に着信したメールは再会のメール。携帯の中には僕の歴史の一部がたくさん詰まっていました。まあ、とにかく携帯が使えるようになったので日本からの緊急連絡は受けれるようになって安心です。

2005/10/05 23:56 |Europa 2005COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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